大阪地方裁判所 昭和49年(そ)2号 決定 1975年2月07日
請求人 宮崎庄寿
主文
請求人に対し、刑事補償法に基づく補償金として、金一一万五五〇〇円を交付する。
請求人のその余の請求を棄却する。
理由
一、本件請求の要旨は、請求人は暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件(昭和四八年(わ)第三八五六号、以下本件という)につき起訴審理された結果、昭和四九年一一月一五日大阪地方裁判所第一三刑事部三係において無罪の判決を受け、右判決は控訴期間満了により同月三〇日確定したところ、請求人は、本件について、昭和四八年一一月一〇日逮捕、同月一三日勾留されてから昭和四九年七月一六日勾留の更新がなく釈放されるに至るまで、二四八日間にわたり抑留または拘禁されたので、右期間の刑事補償として、一日金二、二〇〇円の割合による補償金合計五四五、六〇〇円を請求する、というにある。
二、よって審案するに、本件関係記録によれば、右一に述べた抑留拘禁の事実はそのとおり認められるが、他方、当裁判所書記官作成にかかる報告書等によると、請求人に対しては、本件の審理と並行して、同裁判所第二刑事部において、<1>証人威迫、恐喝未遂被告事件(昭和四八年(わ)第一三四一号)、および<2>恐喝被告事件(同年(わ)第一五六二号)が併合して審理され、更に同裁判所第六刑事部において、<3>傷害被告事件(昭和四七年(わ)第二五一九号)が審理され、これらの事件については現在なお審理が係属中であるところ、請求人は、右<1>の事件について昭和四八年四月一一日逮捕、同月一四日勾留され、右<2>の事件について同年五月九日逮捕、同月一二日勾留され、同年六月一四日右<1>および<3>の両事件について保釈により釈放されたが、同年一二月二六日保釈制限住居違反を理由に右保釈を取消されて昭和四九年一月八日収監され、以後同年七月二六日再保釈により釈放されるまでの間、右<1>および<2>の両事件について拘禁されており、また右<3>の事件についても当初は勾留されていたが、昭和四七年八月二日に保釈により釈放されてからは、同事件については再び拘禁されることなく、現在に至っていることが認められる。
三、右に述べたように、本件による身柄の拘束期間二四八日間中、昭和四九年一月八日から同年七月一五日までの一八九日間は、本件による勾留と競合して、右<1>および<2>の両事件(以下別件という)による勾留が執行されていたものであるところ、当裁判所は、後記五に述べる理由により、仮に別件について後に全部有罪の判決が確定した場合には、本件の右期間の拘束分に対して刑事補償の請求はできないものと解する。そして、右のように解する以上、別件についての裁判が未だ終了していない現段階においては、右期間の拘束分について、ひとまず右の請求を棄却しその余の期間の拘束分、即ち本件の裁判のためにのみ拘束されていた昭和四八年一一月一〇日から昭和四九年一月七日までの五九日間分についてのみ補償をすることとし、仮に後に別件について全部または一部の無罪判決が確定した場合には、その段階で再度右一八九日間の身柄拘束についての刑事補償の請求をなさしめることの方が、いつ終了するか分らない別件の裁判の結果を待つよりも、刑事補償の迅速性の要求に合致し、請求人にとって実質的に有利であると考えられる。
四、従って、当裁判所は、本件請求中、前記一八九日間分の請求はこれを棄却することとし、その余の五九日間分については、刑事補償法第四条第二項に定める諸般の事情、特に、本件確定記録によれば、被告人が、いわゆる西成地区の日雇労働者であると同時に過激派釜共闘の中心メムバーであり、同地区の労働者達がいっせいに越冬の準備を始めるとともに、いわゆる同地区の越冬闘争に重要な意味をもつ右期間における身柄の拘束が被告人に与えた不利益は、相当大きなものであったと認められること本件捜査中(殊に被告人の逮捕、現場検証および被害金額の算定等)にはかなり無理ないしずさんといわざるをえないような点が散見されること等を考慮し、昭和四八年一一月一〇日から同年一二月二五日までの四六日間については一日当り二、二〇〇円、同月二六日に別件について保釈が取消されてから昭和四九年一月八日に収監されるまでの一三日間については、一日当り一、一〇〇円、合計金一一万五、五〇〇円の刑事補償をすることが相当であると認め、主文のとおり決定する。
五、なお検察官は、「刑事補償法第三条第二号の趣旨に徴すれば、勾留が競合して現実の拘禁が一個である場合には、たとえその勾留の基礎となった各罪につき別個に裁判を受けたものであっても、その一個が有罪であれば、他の無罪となったものについての刑事補償は右同一の拘禁の基礎となった各罪について総合的に考察し、その要否及び範囲を決定すべき」であるとの解釈を前提としたうえで、別件の裁判が未だ継続中である以上、この段階では前記一八九日分の刑事補償の要否およびその範囲を決定することができないし、またその余の五九日分についても「別件について保釈中とはいえ、その公判審理は継続中であったから、本件の勾留等による拘禁が右別罪の公判審理に全く無関係であるとは断じ難い」との理由から、やはり現段階では、この期間のみの分についても右決定をすることができないとして、結局本件請求は理由がないものとしてこれを棄却すべきであると主張するので、以下、この点について若干付言するに、仮に右に引用したように、別件について全部有罪の裁判が出されたとしても、なお本件について刑事補償の請求を認める余地があるという前提に立つ場合には、本請求に対して、或は別件の裁判が確定するまでしばらく決定を留保し、或は別件が全部有罪になったと仮定した場合にも本件について補償されるべき最低額だけの分についてはこの段階で補償することとし、その余の分については別件の裁判の結果を待つ等、他に幾つかの方途が考えられるので、検察官の主張するように、この段階で直ちにその請求を理由がないものとして棄却すべきであるという結論になるかどうかは、かえって疑問なしとしないが、当裁判所は、次に述べる理由から、右の前提自体失当であると考えたうえ、前記三に述べたとおり、請求人の実質的な利益を考慮して、主文のとおり決定した。即ち、本ケースにおいては、無罪になった罪以外の罪による勾留が無罪になった罪の裁判のために全部または一部流用されていたという関係にあるのではなく、本件の勾留は専ら本件の裁判のために、別件の勾留は本件とは別個の裁判所により本件と並行して行われた別件の裁判のために、それぞれフルに利用されていたものである。従って、単に両方の勾留が総合した期間において現実の拘禁が一個であったからといって、直ちにこれに刑事補償法第三条第二号の趣旨をあてはめることはできず、仮に本件による勾留のみならず本件の裁判自体がなかったとしても、右期間中は、別件の裁判のために、別件の勾留により、やはり身柄を拘束されていたものであることを考えると、むしろこの場合には、双方について全部または一部無罪の裁判が確定したときにはじめて刑事補償の請求ができ、いずれか一方について全部有罪の裁判を受けた場合には、他方について全部または一部無罪の裁判が確定したとしても、恰も他事件について服役中であった場合と同様に、刑事補償の請求はなしえないものと解するのが相当であると考えた次第である。
次に、検察官の主張のうち、その余の五九日分に関する後段の部分についていえば、このような関係は、別件即ち前記二の<1>および<2>の事件のみならず、同<3>の事件との間にも存するのであるが、仮に無罪になった罪についての勾留が有罪となった罪の保釈中の裁判のために実質的に全部または一部流用されていたという関係があったとしても、同法第三条第二号の解釈に当っては、その結果が請求人に有利になる場合と異なり、これを厳格に解すべきであり、一個の裁判による場合でないケースにまで拡張して適用することは許されないものと解するので、この点に関する検察官の主張もまた、これをとることはできない。
(裁判官 島田仁郎)